古事記に「故(かれ)、其の神避りし伊邪那美神は出雲国と伯伎国との境、比婆の山に葬りき」とある比婆山を伊邪那美神の御陵と仰ぎ奥院という。
比婆山の遥拝所として信仰を集めた熊野神社の社叢は、100本以上の大杉から成ります。 中には樹齢が千年を超えるものもあり、そのうち11本が広島県の天然記念物に指定されています。 神社を守るように数十本の杉の大木が天に向かってそびえる様は圧巻です。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() 古代文化が道る道 比婆いざなみ街道 和銅5(712)年に記された日本最古の歴史書である古事記に「故、その神避リましし伊邪那美神は出雲国と伯伎国との境の比婆之山に葬りき」(訳:そこで、その亡くなった イザナミは出雲の国と伯伎の国どの境にある比婆之山に葬った)とある。 ここにある比婆之山の所在地については諸説あり、広島、島根、鳥取の3県県境部に複数の伝説地が存在する。当地のいわゆる「(比婆山)御陵の峰」もそのひとつであり、遥拝所の熊野神社と共に古来より信仰を集めてきた。記録によると、近世末~明治にかけては山陰、山陽のみならず九州からも登拝者を集めており、月祭日の28~29日には1~3万人もの人が登拝したという。 「御陵の峰」の山頂部は3haにもわたる平坦地となっており、その中央付近の円丘上には苔むした巨石が横たわり、イザナミの陵墓と信じられ崇敬されてきた。 ※前段でイザナミは火の神(製鉄の神)であるカグツチを産んでおり、その際に負った陰部の火傷によって亡くなる。平成29年3月 庄原市教育委員会 ![]() 明日は、備後落合駅です。
by teasakura5
| 2025-12-12 20:30
| ちょっとそこまで
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Comments(2)
おはようございます
山の中を歩いて鳥居をくぐると、 厳かな気分になりますね。 メインブログ「カメラの目」を更新しました。
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